隠す人
5.迫り来る敵意
5.迫り来る敵意

二人の刑事の訪問を、故一島社長の夫人・一島美音子は、まるで旧友が訪れたような笑みを浮かべ暖かく迎えいれた。

「いらっしゃい!さあ、こちらにいらして」

松原智恵子によく似た、上流階級の気品と少女の無邪気さを併せ持ったような女性だった。

通された部屋は、旅行誌の「あこがれのホテルに泊まろう」コーナーに出てきそうな、洋風クラシカルな応接間。広い大きな窓ガラスからは、部屋に面して設けられたバラの生垣と噴水の中庭が見える。
これが本当に、一個人の邸宅だとは。
すごいぞ、一島重工。

「素敵すぎるお住まいですね」

「そう?広すぎて、移動が大変なだけよ」

美音子が、首をすくめて笑う。
贅沢すぎる悩みだ。これがマリー・アントワネットだったら、庶民から斬首刑にされるところだろう。
しかし、美音子のもって生まれた気質というか、にじみ出る上品な温かさのせいなのだろうか、その言葉は少しも嫌味には聞こえず、むしろ好感が持てた。

「ごめんなさいね。カナダから帰ったばかりで散らかっていて」

どこが散らかっているのかは、庶民の目からはよく分からない。

「海外へは、よくお出かけに?」

「いいえ。年に5,6回しか」

・・・美音子さん、それを庶民は「よく出かける」と言うのですよ。
これがマリー・アントワネットだったら、今頃美音子の首が飛んでいるところだ。
しかし、なぜか美音子が言うと全く嫌味には聞こえないのが不思議だ。

「先週徹さんがね、急にメープルシロップ食べたくなったから買ってきてって言うから、急遽行ってきたの」

あー、そういう時ありますよね。分かる分かる。
俺もこないだ、夜中に突然ラーメン食べたくなってね。
で、ちょっと中国へ、みたいな。
・・・って、コンビニ行くようなノリで、外国に行くか!

相手が美音子さんだからまだ許せるが、これがマリー・アントワネットだったら・・・。


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