隠す人

到着したエレベーターから、新しい秘書が社長を連れて降りてくる。
いや、社長が新しい秘書を連れて降りてきた、と言ったほうが正しい表現だ。

「あはは、星野さんてかわいいね!自分の会社で道に迷っちゃうなんて」

一島重工社長・一島徹氏は、絶対に朝型人間であるに違いない。朝からよく響く声で新しい秘書をからかっている。
大学時代アメフトで鍛えた体を仕立ての良いスーツで包み、背筋を伸ばして大股で歩く。
小柄な星野はそのあとを、ちょこちょこと小走りで付いていくしかない。

「申し訳ありません」

星野のこの謝罪の半分は、社長の到着をできるだけ遅らせるようにという指示を守れなかった、課長に対して密かに向けられていた。
(課長すみません、私の力では社長を止めることができませんでした)

秘書課の室内から電話のベルが聞こえている。基本的に3コール以内で電話を取ることになっているので、電話が鳴りっぱなしということは室内に誰もいないのだろう。

「すみません、私電話取って来ます」

「あぁいいよ、あとで社長室でね」

社長は一人、廊下の奥へ向かった。


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