隠す人
「・・・これは?」
節子が、遠い目になる。
「むかーし、佐伯課長さんの髪の毛がまだあった頃の話」
・・・結局、どれくらい昔の話なのかは、よく分からない。
老人の話というのは往々にして、「今尋ねていることとそれはどういう関係が?」という部分から始まるものだ。
原田刑事と西刑事は、我慢して話の続きを聴くことにした。
「その頃はまだバブル全盛期で、会社も財布の紐が緩くてねぇ。
私のほかに、もう2人が、あそこの・・・アゴデテル・フロ?」
・・・は?
「・・・とかなんとかっていう階の掃除をやってたの」
・・・あぁ、「エグゼクティブ・フロア」のことね。
「一緒にやってた三浦さんて人は、今はもう辞めてねぇ、孫の子守しながら年金暮らししてるって。気楽なもんよねぇ」
・・・はい、脱線注意報、発令されました~。
「それで、みどり色の封筒っていうのは?」
「そうそう、それで、他の二人が辞めて、私だけ残った理由っていうのが、これなの」
脱線注意報、解除します。
「ある時ね、社長さんの部屋のゴミを集めてたら、パンパンの封筒が捨てられてて。なんだろうな、って思って中をチラッと見たら・・・」
チラッと見たら?
二刑事が、身を乗り出す。
「あ、いやね、ほら、いつもはそんなことしないけど。あまりにもいっぱい入ってたから、なんとなく見ちゃったっていうかなんていうか」
「それで?!」
二刑事は、余りにも身を乗り出しすぎて、ほとんどテーブルの上に乗り上げている。
「そしたら、一万円の札束が入っててね!もうビックリして、腰抜けちゃったの」
一島社長・・・札束を何と間違ったんだ。
さすが、マリー・アントワネットの夫。
「で、社長さんにそれをお返ししたら、それはそれは、喜んでくだすってねぇ。
お礼にって、伊豆の温泉に連れて行ってくだすって。
それはもう、竜宮城のような大層立派な旅館で。
風呂から海がどーんと見えてねぇ、あとはカニやらアワビやらウニやら・・・」
・・・私、最初に何を尋ねたんだっけ?
忘れてしまったので、節子には気の済むまで話させることにした。