隠す人
「・・・それでね、そのときに」
伊豆の旅館での豪遊ぶりをしばらく話した後に、ようやく節子はまた本題に戻ってきた。
話がどんなに脱線しているように見えても、必ず本筋に戻ってくるのが、老人の話の素晴らしいところだ。
「社長さんが間違えて捨てた封筒が、ちょうどこんな風な、濃い緑色をしてたわけ。
それで、社長さんが、ちょっと隠してとっておきたい書類やなんかを、緑色の封筒に入れてゴミ箱に入れておいて、回収に来る私が預かっておく、っていうことをするようになって。
同じ会社の方でも、信用の置けない方もあったようで。
社長室にも、秘密のものは置いておけないんでしょうねぇ」
節子が、封筒の山に目を落とす。
「封筒が緑だから、社長さんはわたしの事をこっそり『みどりさん』ってお呼びなすってねぇ。なんか秘密の女スパイみたい。イヤーン!何もないんだけど奥様が来られるとなぜかドギマギしたりしてねぇ、ウヒャヒャヒャ!」
節子は一人でテンション・MAX。
原田刑事の肩をビシバシ叩きながら笑っている。
このお喋り好きの老婦人が、よく「秘密の女スパイ」が勤まったものだ。
「・・・封が開いてるものも、あるようですが。開けてみたんですか?」
節子は、笑いすぎて乱れた呼吸を整えながら、
「いいえ。封が開いてるのは開けてよい、という指示でした。最初から封が閉じられてるものは、私も中身は知らないんです。でも、犯人の手がかりが入ってるかもしれないと思って、今日持ってきてみた。というわけです」
と答えた。
ようやくこのみどり色の封筒が何なのか分かった。
長かった・・・。
二人は、ここにたどり着くまでの長い時間を思い、涙目になりながら封筒の山に手を伸ばす。