隠す人
「・・・」
二宮が、声のした方を振り向こうとする。
「見ないで」
その声に動きを止めるが、二宮にはもう、声の主が誰なのか分かっていた。
「やはり、あなたでしたね。
・・・沢渡さん」
こめかみに突きつけられた拳銃の先から、冷たさと殺意が伝わってくる。
「そのUSBを、こちらに渡して」
「・・・嫌だ、と言ったら?」
「どうなるか、あなただったら分かるでしょう?でも、あなたにはそんなこと、したくないの」
「副社長の指示ですか。いくら上司の命令でも、犯罪は秘書倫理に反しますよ」
「あなたの指示は受けない。私は、副社長の秘書よ」
「・・・嫌です」
「それを公表したら、副社長が逮捕される。社長も副社長もいなくなったら、この会社が立ち行かなくなるわ。日本経済に与える影響を考えて。それに、会社に養われている家族の人生がかかってるのよ」
分かっている。
それでも、二宮はもう迷わなかった。
「社長もそれは考えたはずです。
それでも、この帳簿を公表する事が社長の意志だと、今ははっきりと分かります。
社長はそれに、自分の命をかけました。
私はその意志を果たすつもりです」
二宮が静かな決意をたたえた目で、沢渡を見る。
凛と張ったまっすぐな背筋。
「私は、社長の秘書ですから」
これが、秘書としての最後の仕事になる。
何に代えても、それを果たしたかった。
二宮が動じないのを見て、沢渡の目が一瞬、揺れたように見えた。
「・・・じゃあ、横を向いて」
動揺を抑えるように沢渡が両手で銃を構える。
そして銃口を、二宮のこめかみに食い込ませた。
「あなたが密かに作っていた二重帳簿の件が社長に知られ、あなたは隠蔽のため社長を殺した。
そして、隠し通せないと感じたあなたは、罪の意識に苛まされ自殺する。
こういうストーリーでいい?」
「完璧なストーリーですね」
「では、さようなら、二宮さん」
沢渡が、引き金に手をかけた。