隠す人
「大人になって孤児院を出るときに。渡された母の遺品から、父の存在を知りました」
昔を懐かしむような遠い目つきで、二宮は静かに話した。
「それからは、ここに入社するために、あらゆる手を尽くしました。
医大に進学する予定でしたが、工学部に入りなおしました。
それから、英語、フランス語、ドイツ語、中国語、ロシア語、アラビア語・・・
一島重工が支社を置く全ての国の言語をマスターしました。
秘書検定を取ったのも、その資格があれば、より近い場所に行けるのではないかと思ったからです」
「す、すごい努力ですね」
二宮は、自嘲気味に笑う。
「他にやること、なかったんですよ」
・・・いや、暇だけでそこまで出来ませんよ、フツーは。
「いつか、名乗り出るつもりで?」
「いいえ。ただ・・・」
二宮は自分の気持ちを確かめるように、一呼吸おいた。
「ただ、自分と同じ血が流れている人のそばって、どんな感じなんだろうと思って」
そんな、ありふれた感触を確かめるために。
ただそれだけのために、自分の時間と能力を全て使い尽くした彼の目は、笑っていたけれど虚ろに見えた。
「・・・どんな感じでしたか?そのそばは」
西刑事の問いに、二宮は首をすくめる。
「よく分かりませんでした。あっという間のことで」
「・・・西、帰るぞ」
原田刑事が突然、西刑事の腕をつかむ。
「え?まだ話が・・・」
「いいから帰るぞ!じゃぁ、二宮さんお元気で!」
「えぇ、お二人も」
西刑事を引きずりながら、部屋を出る原田刑事。
「全く、お前って言う奴は!空気読めよ、空気を」