隠す人


1階のエントランス・フロアに降りてきた二宮が、驚いて足を止めた。

向かっていた自動ドアが開き、外から美音子が走ってきたのだ。

「奥様?」

二宮を見つけた美音子は、大きく手を振る。

「惠ちゃーん!」

広々としたホールに、響く美音子の声。

「・・・」

行き交う人々の視線が、惠ちゃんに集まる。
困惑顔の二宮。
そんなことはお構いなしに、美音子は二宮に駆け寄った。

「あぁ、間に合ってよかった!」

息を整えている美音子を前に、二宮が目を伏せた。

「・・・奥様」

そして、深々と頭を下げた。

「本当に、申し訳ありませんでした。そばにいながら、私は社長をお守りできませんでした。秘書として、失格です」

「・・・」

その二宮の首に、ふわりとした何かがかけられる。

「?」
二宮が顔を上げた。

そこにあったのは美音子の、普段通りの上品で無邪気な笑顔。

「これ、徹さんの形見分け。もらってくれる?」

二宮の首にかけられたのは、一島社長が冬に愛用していたバーバリーチェックのマフラーだった。

美音子は、マフラーをかけた二宮を見て、嬉しそうにうなずく。

「うん、よく似合ってる」

そして、マフラーの片端を手にすると、首に沿うように後ろに流した。
風が入らないようにと胸元を手で押さえながら、美音子は二宮を見上げる。

「ロンドンは寒いから・・・風邪、ひかないようにね」

「・・・はい」

「今度、遊びに行ってもいい?」

二宮が笑顔でうなずいた。

「えぇ、お待ちしています。それまでに、ロンドンの見所をチェックしておきますね」

美音子は笑った。
惠ちゃんは完璧主義者だから。
私が行く頃には歩くロンドン大辞典になってるわね、きっと。



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