紡歌<ツムギウタ>
「あの子……あの事件以来、毎日ここに来ていたの。今みたいに花を一輪持ってね。この積み重なっている花が何よりの証拠」
健は涙で潤んだ瞳で、墓に供えられているたくさんの花を見た。
野生のその花は、全てちぎられたように茎が折れていたし、花びらがかけているものいくつか見られる。
しかし、花屋で売られている花よりも何倍も美しく感じられた。
「そうだったのか……」
健の声は震えていたが、彼の目から怒りは消え、安らかな光が宿っていた。
「私はどうかしていたようだ。あの子を疑っていた自分が恥ずかしい」
健は自分を責めるように俯いた後、夕日が浮かぶ空を見上げながら口を開いた。
「……私は、もう充分生きた。私の失った人生は、あの子に繋げよう。私の命は、初めからあの子を救うためにあったと信じて」
健は涙を拭い、ゆっくりキズナの方に向き直り、笑顔を見せた。その笑顔は、健の顔を十歳ほど若返らせた。
「ありがとう。大切なことに気付かせてもらった。これで私も天に還れる」
健はキズナの手を握った。キズナも笑顔を返し、健の手を握り返しながら静かにいった。
「あなたは死んだ。でも……肉体は滅びても、あの子の中にあなたは生き続ける。死んだ人間は、そんなに簡単に忘れられたりしないわ。あなたは生きた痕跡を残してきたんだから」
キズナの言葉に、健は涙を溜めながら頷くと、小さい白い光となって空中に浮かんだ。その瞬間、キズナの前にツキが躍り出る。
「じゃあ、送ってくるね!!」
ツキが元気よくそう言うと、尻尾を一本の天に向け、健を導いていった。キズナに見送られながら。
日が落ち、暗くなった墓地にはもう人影はない。
しかし、健の墓の前に供えられている花だけが月の光でキラキラ輝いているように見えた。