紡歌<ツムギウタ>
第四歌 夢歌<ユメウタ>
蝉の声も少しずつ小さく感じられる季節になった昼下がり。
じりじり照りつける残暑の日差しの中、一人の女性が携帯電話を片手に駅を目指して歩いていた。黒いショートカットの髪が、太陽の光を浴びて輝いている。
「今、大学に向かってるとこ。今日、四講目からなんだよね」
女性は行き交う人混みを器用に交わし、電話の向こうの人物にしきりに話しかけている。
ほどなくして、彼女は目的地にたどり着いた。通い慣れた駅の階段を登り、改札を通る。
「ん? 講義の後? あー、ごめん。今日も……あーーっ!!」
目的の電車がたった今発車してしまったらしい。駅には一人も残っていなかった。段々と小さくなってゆく電車の音だけが響いている。
「電車、行っちゃった……」
呆然としている女性の耳に、電話の向こうから笑い声が響き、女性は再び意識を携帯に戻した。
『亜耶<アヤ>、かわいそー! 講義、間に合わないんじゃない?』
電話の向こうの声は、完全におもしろがっている。
亜耶は「笑うな!」と一喝した後、眉をひそめて考え込んだ。
「……で、何の話だっけ? ……そう、今日も練習あるんだって! だから買い物付き合えないや。あと、来月のコンサートも行けなくなっちゃった」
電話の奥の声がうなだれた。
『冗談でしょ!? あのRISEのコンサートだよ!? このチャンス逃したら二度と行けないって! ……どうせ、また部活でしょ?あんたって、どこまで水泳に入れ込んでんの。もう水泳と結婚しちゃえば?』
「しょうがないじゃん。今は大事な時期なんだよ。4日後だって大事な試合があるし。……それに、真奈<マナ>には絶対負けたくないし!!」
亜耶が意気込んで答えた。
『あんたと真奈って、サイッコーに仲悪いよね。いっつもタイム競い合ってさ。小学校からの仲なんだから仲良くすればいいのに』
「真奈が勝手につっかかってくるんだもん!私だって黙ってるわけにいかないじゃん」
亜耶の反論と同時に、機械的な女性のアナウンスが流れた。
『まもなく、電車が到着します。危険ですので、線の内側に……』
「電車来た!」
亜耶の顔が輝いた。