紡歌<ツムギウタ>

「キズナ!」


心配した亜耶が、キズナの肩を揺すりながら叫んだ。その声で、キズナはようやく我を取り戻す。


「一体どうしたの?」


「……なんでもない」


キズナはプールから目を逸らし、俯きながら言った。しかし、キズナの顔は依然として引きつったままだ。


キズナは意識を整えるように目を閉じると、亜耶に向き直って言った。


「ここから離れた方がいいわ。また彼女に姿を見られたら厄介なことになる。もう天に逝く準備は出来た?」


そのキズナの言葉に、亜耶ははっとしてキズナの手を掴んだ。


「ねぇ、お願い。あと四日だけ待ってくれない? どうしても試合を見届けたいの。試合が終わったら天に逝くって約束するから!」


キズナはしばらく考えた後、ゆっくり口を開いた。


「いいわ。ただし、私から離れないこと。あなたは、いつ悪霊になるかわからないから」


―――――――
―――――――――


それから四日後の朝。地を照りつける太陽の中、亜耶とキズナは試合会場にいた。


会場の大きさは、亜耶達の競泳練習場と変わらない。しかし、観客席にたくさんの人影がうごめいている。その壁には様々な部旗が貼られ、会場を包む興奮の風に揺れていた。


そんな中、亜耶は一人プールサイドに立っていた。


本当なら、今頃自分も水着に着替え、高まる気持ちを抑えながら準備をしているはずだった。しかし、あの時のような興奮は……沸き上がってこない。


開会式を終え、第一試合に出場する選手達がプールサイドに入ってきた。会場の準備が整うまで、試合に備えている。


亜耶はその選手の中から強い視線を感じ、周りを見渡す。


準備をしている選手達に紛れて……真奈を見つけた。真奈は、無表情でこちらを見つめている。


亜耶が急いでその場を去ろうとした。しかし……


「亜耶」


小さく真奈の声が聞こえた。真奈がこちらに歩いてくる。


二人が向き合った。そして……


「なにしてんの?」


真奈がいつも通りの口調で話しかけてきた。


幸い、周りの選手は精神統一に忙しく、観客席は興奮で賑わっていたため、真奈の『独り言』に気付く者はない。

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