紡歌<ツムギウタ>
第五歌 怨歌<ウラミウタ>
うだるような夏の暑さも通り過ぎ、肌寒さを感じる秋の夜。
八階建てのマンションの屋上で一人の青年が柵にもたれかかり、月を眺めていた。
今宵は満月だ。その月の光を受けた青年の赤に近い茶髪が、暗闇の中一層輝いて見える。
突然、その青年の背後に一つの影が動いた。少しずつ、少しずつ、青年に近づいてゆく。しかし、青年は月に目を奪われており、全く気付いていない。
ドンッ!!
次の瞬間、青年は驚きに目を見開いたまま、数十メートル離れた地面にうつぶせに倒れていた。頭から大量の血を流して。
彼を突き落とした影は柵から下を覗き、彼が倒れているのを確認した。そして、ゆっくりと屋上の出入り口に向かい、闇の中に消えていく。
その出来事を、青白い月だけが見ていた。
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翌朝、そのマンションの前はパトカーの赤い光と人だかりで混雑していた。
青年が倒れていた付近一帯と屋上の入り口には、人の出入りを禁じるテープが貼られ、警官達がせわしく動いている。
そのテープの内側でただ一人、マンションの壁にもたれかかって腕を組み、現場を傍観している者がいた。昨日、まさにこの地面に倒れていた青年だ。
彼はこげ茶色の瞳を細め、現場から運び出されていく自分の遺体を冷たい目で見送っていた。
「他殺か自殺か、はたまた事故か。こりゃ、ちゃんと調査しないとわかんねーな」
やる気のない刑事が、ボソッと呟くのが聞こえた。
青年が堅い表情のまま振り返り、現場を後にしようとした、その時だった。
鼻と鼻がくっつきそうなほどの距離に突如、黒猫が現れたのだ。
青年は驚きのあまり、完全に思考が停止してしまったらしい。ただ目を見開き、黒猫を茫然と見つめていた。
その黒猫は背中に生えた羽を使ってパタパタ飛んでいる。黒猫の三つの尻尾のうちの一つが青年を指していた。
「みーっけ!!」
黒猫はそう言うと、嬉しそうに残りの二つの尻尾を振った。そして、今度は違う尻尾が青年に向かって伸びる。
「うーんと……瀬谷優雅<セヤ ユウガ>。十八歳。死因は、突き飛ばされた事による転落死!!」