カジュアルロンド
1、僕の場合
古本屋の店内に眩い夏の光が差し込んでくる。
頭上では古めかしい扇風機が嫌な音を立てて回っていて、奥の席に白髪の店主が競馬新聞を眺めていた。

無数の書物が山積みにされた狭い通路で、ゲーテの詩集をみつけた。表紙は破れ、1冊20円という値段で埃をかぶっている。
中をパラパラと軽くめくると元の場所に戻した。

「学生さん?」
店主が滑るように近づいてきた。
「そうです」
「読んだことあるの?」
「いえ」
「20円だから安い買い物だよ。学生さんは教養をつけないといけない。ゲーテ、本当にいいよ。太鼓判だから」
店主は微笑を浮かべて、強引に僕の手の中へ詩集を押し込んだ。

カナが『詩が好きだ』と言っていたので、誰かのを買おうと思っていたけど。
まぁいいかゲーテでも。

僕はジーンズから10円玉2枚を取り出すと、汗ばんだ手で店主に渡した。

古本屋を出ると、蒸し暑さが襲ってくる。
ジーンズのポケットに詩集をいれ、僕は大学へと歩きだした。
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