知らなかった僕の顔
僕は小さな充実感の中で、サラダを突き刺す森若ちゃんのフォークを見ていた。


フルーツトマトを突き刺したフォークの振動は、サラダの小山をグラリと揺らした。


薄く斜め切りにされたキュウリが一枚、ぺチャリと居酒屋の床に落ちた。



考える暇なんてなかった。

とっさに僕は、かかんで腕を伸ばし、床に落ちたキュウリを拾って食べた。



「やだあ、宮田くん、何してるのよ」
一連の出来事を見ていたさなえちゃんが言った。

「おい、食ったのか?宮田、お前今、何で食った?」長谷川も驚いている。




僕は見たんだ。

あの瞬間の森若ちゃんを。

ハッとした顔が見る間に真っ赤になってうつ向く森若ちゃんを。


森若ちゃん、こんなことは全然たいしたことじゃないんだよ。


僕は、ざわつく二人には何も答えず、トイレにほど近い席の床に落ちたキュウリをいつまでも力強く噛み続けた。


森若ちゃんは、僕を見て照れたように笑い、静かにサラダを食べ続ける。


僕と森若ちゃんの間にだけ流れる心地よい空気。


たぶん僕は、正しいことをしたんだ。
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