雪花-YUKIBANA-
そのまま何となく男のペースに乗せられて、
気づけば2時間が経過していた。
ふわふわと心地いい酔いが、体中をめぐっている。
勧められるがまま、慣れない日本酒をかなり飲んでしまった。
「……でさー、俺は心底、親父を尊敬してたわけ」
いつの間にか、酒の肴は男の身の上話になっていた。
「だから親父に憧れて医学部に入ったわけだけど、
人間、もって生まれた能力ってのがあってさ」
ずいぶん若く見えたけれど、男は僕より4つも年上だった。
総合病院の院長をつとめる父親の影響で、幼いころから医者を目指していたという彼は、
本来ならちょうど医学部を卒業した頃だった。
「俺の姉貴が結婚したんだ」
と彼は言った。
「その相手っていうのが、医学部を首席で卒業したようなエリートでさ。
俺とはまったくの正反対で……」
いつの頃からだっけ、
と彼は目を伏せてつぶやいた。
「親父の期待が、俺じゃなくて姉貴の旦那に向けられるようになったのは」
「……」
「まあしかたないよな。
俺が一日中脳みそ使ってやっとわかることを、あいつは10分で理解しちまうんだから」
この場面でかける言葉がみつかるほど、僕は口が達者じゃなかった。
ただ相槌をうって耳を傾けるだけの僕に、
男は自嘲的な笑顔を見せた。
「ま、そんな感じで夢に敗れた俺は、
フラフラ遊び歩いて、大学も留年しちまいましたとさ」
「……」
「で、あんたは?」
とつぜん話をふられ、僕は困惑した。