雪花-YUKIBANA-
「あいつとは別れる。俺はリナと一緒にいたいんだ」
兄貴の言葉を聞いて、俺は無言でうなずいたよ。
だって、他人の恋愛に口出しする権利なんか、誰にもないだろう?
けれど、そうもいかなくなった。
お前の母親の妊娠が発覚したんだ。
「腹が目立たないうちに、さっさと籍を入れろ。わかったな?」
親戚中が一丸となって、兄貴の入籍を説得した。
この時点でリナの存在を知っていたのは、たぶん俺だけだったはずだ。
俺は、兄貴の葛藤が痛いくらいにわかったけれど、心を鬼にして言ったよ。
リナとは縁を切れ、って。
兄貴はまばたきひとつせずに、唇を一文字に結んで、ただうなずいた。
考えの古い連中が仕切っている時代だったからな。
婚前交渉で、さらに腹まで大きくさせるなんて、家の恥以外の何物でもなかった。
兄貴がリナに別れを告げると決めた晩、俺は心配でこっそり後をついていったんだ。
月明かりの明るすぎる夜だった。
郵便ポストの陰に隠れて、遠くから見守る俺の目にも、リナの姿がはっきりと捉えられた。