雪花-YUKIBANA-
そして……あれはお前が生まれて2年後のことだったか。
用事があって兄貴の会社をおとずれたとき、俺は、自分の目がおかしくなったんじゃないかと思った。
いたんだよ、リナが。
2年前に月明かりの下で見た女の人が、
ねずみ色のスーツに身を包んで、目の前で電卓を打っていたんだ。
「兄貴……あの人は?」
俺はなるべく気持ちを落ち着かせて訊いた。
俺はリナの顔を知らないことになっているから、あからさまに驚くわけにはいかなかった。
「ああ……新しく入った事務員さんだよ」
「きれいな人だな」
「ハーフらしいから……」
そう言った兄貴の顔を見て、まずい、と直感した。
そこにいるのは、父親でもなく夫でもない、ひとりのただの男だったから。
俺はその晩、兄貴を飲みに誘い、頃合いを見て切り出したんだ。
「ごめん兄貴。俺、実はリナを見たことがあるんだ。
……あの事務員さんって、リナだよな?」
兄貴はグラスに唇をつけたまま押し黙って、
それから、堰を切ったように話し出した。