雪花-YUKIBANA-

心臓が止まりそうなくらい驚いた……確かそんなことを言っていたな。


リナの勤め先の子供服店が、店じまいしたなんて知らなかったし、

ましてや自分の職場に入社してくるなんて、思ってもみなかった。


リナだって驚いただろう。

数年前、自分に別れを告げたはずの男が、同じ会社にいたんだから。


「けど、大丈夫だ。もう別れて何年もたつ。
俺には家庭があるし、あいつも男と続いてるみたいだからさ」


大丈夫、と兄貴は何度も繰り返していた。


俺は祈ったよ。

頼む、もう何も起こらないでくれ。

このまま平穏に、ただ過ぎ去ってくれ、って。



けれど願いは届かなかった。

ある日の真夜中に、兄貴が俺の家を訪ねてきたんだ。


こんな夜更けにどうした、とは聞けなかった。

血の気の引いた顔を引きつらせ、靴も脱がずに玄関に突っ立つ兄貴が痛々しかった。



「リナに子供ができた」

「え……?」

「父親は誰かわからない」

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