雪花-YUKIBANA-
「ただ、今は距離を置くべきなんだ――」
顔面に軽い痛みが走った。
桜子の投げつけたビニール袋が、僕の頬を打った。
バサバサと鳥が羽ばたくような音を立てて、袋は僕の足元に落ちる。
「何が……“距離を置くべき”よ。
何が“気持ちに変わりはない”よ」
僕をにらみつける瞳から、涙が決壊したようにあふれた。
「そんな……そんな諭すみたいな言い方、しないでよっ!」
泣き声を張り上げると、桜子の体はそのまま崩れ落ちてしまった。
床の上で固めた拳に、ぽたぽたと雫がとめどなく降る。
部屋に響くのは彼女の嗚咽ばかりで、
僕が伝えるべき言葉は、見つからなかった。
放られたビニール袋から、鮮やかな紫色の茄子が顔を出していた。
哀しみのまま時間が過ぎて、やがて夜になった。
「俺、そろそろ行かないと……」
そう言って立った僕を、桜子は泣き腫らした顔で見上げる。
「……お仕事、行くの?」
「ごめん……。なるべく早く帰ってくるから」