雪花-YUKIBANA-

「ただ、今は距離を置くべきなんだ――」


顔面に軽い痛みが走った。

桜子の投げつけたビニール袋が、僕の頬を打った。


バサバサと鳥が羽ばたくような音を立てて、袋は僕の足元に落ちる。


「何が……“距離を置くべき”よ。
何が“気持ちに変わりはない”よ」


僕をにらみつける瞳から、涙が決壊したようにあふれた。


「そんな……そんな諭すみたいな言い方、しないでよっ!」


泣き声を張り上げると、桜子の体はそのまま崩れ落ちてしまった。


床の上で固めた拳に、ぽたぽたと雫がとめどなく降る。


部屋に響くのは彼女の嗚咽ばかりで、

僕が伝えるべき言葉は、見つからなかった。


放られたビニール袋から、鮮やかな紫色の茄子が顔を出していた。








哀しみのまま時間が過ぎて、やがて夜になった。


「俺、そろそろ行かないと……」


そう言って立った僕を、桜子は泣き腫らした顔で見上げる。


「……お仕事、行くの?」

「ごめん……。なるべく早く帰ってくるから」
< 216 / 348 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop