雪花-YUKIBANA-

桜子が小さくうなずく。


幾ばくか落ち着いたようだった。

けれど、ただ放心しているだけにも見えた。


嗚咽は止んだのに、彼女の頬はいまだ乾かなかった。


「帰ってきたら、ゆっくり話し合おう。……わかった?」


沈黙を、了解の返事だと受け取って、僕は玄関に向かう。



「拓人」


力ない声で呼ばれたのは、僕の手が引き戸にかかったときだった。


部屋から聞こえてくる声は、僕を引き止める風でもなく、追い払うでもなく、

どこかサラリとして平淡だった。


「私たちは」


と桜子は言った。


「恋人同士、なんだよね?」

「……」

「私ね、拓人と手をつないでいられるなら、ずっとこの部屋にふたりきりでも良かったんだよ」



振り切るように、僕は玄関を飛び出す。


外の空気を吸ったとたん、抑えていた気持ちがいっきにあふれ出した。

その、痛みとしか呼べない感情に、僕は顔をしかめた。


空はすっかり暗かった。

星はなかった。

ふりかかりそうな真っ黒の空が、僕をせきたてた。

< 217 / 348 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop