雪花-YUKIBANA-
桜子が小さくうなずく。
幾ばくか落ち着いたようだった。
けれど、ただ放心しているだけにも見えた。
嗚咽は止んだのに、彼女の頬はいまだ乾かなかった。
「帰ってきたら、ゆっくり話し合おう。……わかった?」
沈黙を、了解の返事だと受け取って、僕は玄関に向かう。
「拓人」
力ない声で呼ばれたのは、僕の手が引き戸にかかったときだった。
部屋から聞こえてくる声は、僕を引き止める風でもなく、追い払うでもなく、
どこかサラリとして平淡だった。
「私たちは」
と桜子は言った。
「恋人同士、なんだよね?」
「……」
「私ね、拓人と手をつないでいられるなら、ずっとこの部屋にふたりきりでも良かったんだよ」
振り切るように、僕は玄関を飛び出す。
外の空気を吸ったとたん、抑えていた気持ちがいっきにあふれ出した。
その、痛みとしか呼べない感情に、僕は顔をしかめた。
空はすっかり暗かった。
星はなかった。
ふりかかりそうな真っ黒の空が、僕をせきたてた。