雪花-YUKIBANA-
「久美ちゃんがね――」
と彼女は自分と同期のコンパニオンの名前を口にした。
「――こないだ、桜子ちゃんを見かけたんだって」
……ああ、そうか。
そういえば桜子が戻ってきたことを、マユミに話していなかったな。
そんなことを僕が考えている間にも、彼女は淡々と言葉を続けた。
「しかも場所が、産婦人科だったらしいよ」
「……」
「大切そうに母子手帳を持ってたから、子供できたの?って声かけたんだって。
そしたら桜子ちゃん、うなずいたらしいの。
けど、お父さんは誰?って訊いたら……逃げちゃったらしいよ」
僕は一言も返さなかった。
相槌を打つことすらできず、ただ体の芯が鋼のように固くなっていくのを感じていた。
「店長、早くあの子のこと忘れた方がいいよ。
さっきみんなで話してたんだ。
きっとあれ、客の子供だよって。
本番の噂もやっぱり当たってたんだって」
……違う。
それ、俺の子供だよ。
俺と桜子の、
大切な赤ちゃんなんだ。
そう言いたいのに、僕の唇はちっとも動かない。