雪花-YUKIBANA-
彼女はベッドに横たわったまま、器用にスケッチブックを構えていた。
「……おい。また人の寝顔、描いてただろ」
「うん」
いたずらっぽく笑って、彼女はスケッチブックをベッド脇の棚に置いた。
そして少し沈黙する。
暗い空気は、少し眠ったくらいじゃ晴れない。
「かなり……熟睡してたね。
拓人、よっぽど疲れてたんだよ」
彼女が言った。
「桜子は寝た?」
「うん、少しだけ」
いつの間に運ばれたのか、テーブルの上に夕食が置いてある。
家庭で作るのとは違う、少し特徴のある香り。
食べた形跡は、ほとんどない。
桜子は仰向けのまま顔だけこちらを向けて、言った。
「私、帝王切開を受けるね。
赤ちゃんも私も、そして拓人も、生きていかなきゃいけないもん」
「……決心、したの?」
うなずく彼女の手を、僕は握った。
本当はもっときつく抱きしめたいけれど、遠慮してしまう。
今はこのくらいしかできなくて、もどかしい。
「頑張ろう。先生を信じて」
そして、僕らの赤ちゃんの生きる力を信じて。
「うん、私、頑張るね」
桜子も僕の手を強く握り返す。
「私ね、どうしても赤ちゃんを迎えてあげたいの」
本来ならば、まだお腹の中にいるべき、未熟な命だった。
けれど先生は、大丈夫だと言ってくれた。
母子共に助けると。
だったらそれを信じて、一緒に未来を見たい……。