雪花-YUKIBANA-
「その子、前はどこの店で働いてたわけ?」

「いえ、どこにも」

「え?」


未経験者ですよ、
とコバが言った。

勤めている会社を辞めて、こちらの世界に来るつもりだという。


「……」

「店長?」

「……俺、こういうのって気がひけるんだよな」


ぼそぼそと僕は言った。

コバが首をかしげる。


「何に気が引けるんですか?」

「つまり……、未経験者を雇うことが」


コバの笑い声が上がった。


「店長って意外と甘いとこありますよねえ」


本人が決めたことなのだから別に気にする必要はない、
とコバは言う。

たしかにそうなのかもしれない。

僕だって、風俗で働くことを否定するつもりは毛頭ない。


けど、だったらどうして気が引けるんだろう?


――たぶん僕は、
ひとりの人間がボーダーラインを超えて、こちらの世界に来るのを、

目の前では見たくないのだ。


他人の人生に対して、
僕が放つゴーサイン。


その責任の重さを背負うほどの、覚悟はない。


「あ、来ました」


黙ったままの僕の肩越しに、コバが手を振った。

同時に女の子の声が背後から響く。
< 50 / 348 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop