雪花-YUKIBANA-
「……桜子」

「……」

「どうした?そんなところに突っ立って」


僕はあわててベッドから降りると、ドアに寄りかかってたたずむ桜子に近づいた。


彼女はゆっくりと顔を上げて、泣きそうな声で言った。


「拓人が、うなされてたから……」

「え?」

「喉が渇いたから何か飲もうと思って、下りてきたの。そしたら拓人の苦しそうな声が聞こえて……」


桜子の眉根が切なげに震えた。

悪夢にうなされていたのは僕なのに、彼女のほうがずっと辛そうだった。


「大丈夫だよ。ゴキブリの夢見ちゃっただけだから」

僕はつとめて明るい声で答える。


「嘘だ……あんなにうなされてたのに」

桜子の声は今にも泣き出しそうだった。


僕は彼女の寝ぐせを梳かすように、そっと髪をなでた。

ひんやりと冷たい感触が手のひらに伝わる。


よく見ると彼女はパジャマの上に、薄手のガウン一枚という姿だった。

細い首筋を、うっすらと鳥肌が覆っている。


「……さあ、俺は大丈夫だからもう寝よう。風邪ひくよ?」


桜子の肩をつかんで回れ右させようとすると、彼女は、ぐっと体に力を入れて抵抗した。
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