忘れられない人
この匂い‥あの人が吸っていたタバコだ。

『ねぇ~龍二。タバコ‥変えたんだね?』

『あっ、あぁ。よく分かったな。元彼が吸ってたとか?』

『ううん』


嘘は‥ついていない。だって、私とあの人は付き合ってはいなかったから。ただ、ずっと一緒にいて欲しいと願っていただけ。彼女になりたいなんて望まなかった。私の横で笑っていて欲しいと思っていただけ‥

私は、タバコの匂いであの人の事を少し思い出してしまった。


悩んでいる私を元気付けようと、龍二はコンポに向かった。

『何か音楽かけるな。そうだ!!陽菜が好きだっていってたあの曲を‥』


嘘!!
あの曲は聴きたくない!!今聞いてしまったら‥あの人の事を思い出して涙が止まらなくなってしまいそう‥。涙を堪えられる自信なんてなかった。

『やめて!!その曲は‥聞きたくない‥ごめん‥』

私は、龍二の服の袖を掴んで、必死に抵抗した。私の手は、微動だに震えていた。


『ごめんな。俺‥さっきから陽菜を困らせてばかっかだな‥』

『ううん。私が全部いけないんだよ。私が‥』

私たちの間には、微妙な空気が流れていた。もしかして‥私たちって終わっちゃうの?不安で胸が苦しくなってきた。呼吸が‥


『大丈夫か陽菜?水、水飲め!!』

視界がぼやけていてグラスがよく見えなかった。

『仕方ない!!』

そう言って龍二は口移しで私に水を飲ませてくれた。必死だったのか、口から水が溢れて首へ、服の中へと水が伝ってきた。


『ゲホッ』

ようやく正常に呼吸が出来るようになった。

『良かった』

龍二は一安心していた。


『今日は俺のベッドでゆっくり休め。俺はソファーで寝てるから、何か欲しいものあったらなんでも言え』

私を軽々と抱きかかえてベッドまで運んでくれた。

『この部屋寒いから、暖かくしてろ』

そう言って、首まで毛布を被せてきた。

『じゃあな』

ソファーに戻ろうとした龍二の服を、反射的に掴んでいた。


『‥隣にいて?』
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