忘れられない人
俺も。また、こいつもジロジロと見た。その目つきが次第いに鋭くなり、決断の時が近いということを知らせてくれた。

俺を元の位置に戻し両腕を組み、従業員と正面で向き合うように振り向いた。

俺を選んでくれるのか?
それとも‥他の奴にするのか?

早く言って欲しいのに、一つ一つの動作がスローモーションに見えた。あまり感じはよくない。

「他の物も見たいんですがいいですか?」

いつしか俺は最悪の答えを思い描いていた。


だけど、こいつは俺の様子を全然気にしないで嬉しそうに言った。

『これって何号ですか?』

と。

従業員も俺と同じ気持ちだったようだ。他の物を見たいと言われると思っていたらしく、驚きのあまりショーケースに右手を置いて体重を支えていた。


『こちらの指輪でよろしいのでしょうか?他の物もございますが?』

少し納得がいかないようだ。念のため、再確認をしていた。

『これでいいです。実は、最初に見たときから気に入っていたんですよね。一目惚れって奴ですかね(笑)』

照れ笑いをするこいつを見て、不覚にも可愛いと思ってしまった。次第に幻覚も見えるようになり、嬉しさのあまり犬のしっぽの様な物まで見えてきた。

俺も年取ったな‥


呆然と立ち尽くしている俺達の返事を大人しく待っていた。従業員は、予想外の答えに少し戸惑い、その前にどんな質問をされていたのか思い出せずにいた。

少し時間はかかったが、しばらくして今思い出したような口調で話し出した。

『えっと、こちらの指輪のサイズでしたよね?』

その答えを待ってました!!と言わんばかりの、期待が入り混じった目で従業員を見つめていた。


『こちらは9号になります。
お客様、大変申し訳ございません。こちらの指輪なんですけれども、このサイズは現在在庫がありませんので発注する形になってしまいますが、それでも宜しいでしょうか?』

『えっ!?』

急に困った顔になり、黙り込んでしまった。
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