忘れられない人
『いらっしゃいませ。2名様でよろしいでしょうか?』

『あぁ』

『では、奥の席にお座りください』

リュウジが歩き出したので、私も小走りで歩き始めた。

私たちが座った席は、2人専用の席で周りにはまだ誰もいなかった。照明も、明るいとは到底言いがたい雰囲気で「高級さ」を漂わせていた。この場に私がいていいのかな?そんな事を考えると、体が萎縮していた。


そんな私とは違ってリュウジは落ち着いていた。

『何か食べるか?』

リュウジの問いに私は首を大きく横に振った。

『何か飲む?』

また横に首を振った。
そのあとは私に話しかけることもなく、店の店員を呼んで何かを注文していた。私は雰囲気に圧倒されて何も出来ないでいた。


『おーい』

『えっ?何か言った?』

『どうした?気分でも悪いのか?』

リュウジは私を心配してくれた。

『ううん。そうじゃないの。そうじゃなくて‥』

『じゃあ』

私はテーブルの上に置いてあった水を一口飲んだ。

『こんな高そうなお店って来たことないから‥緊張しちゃって。服だって全然雰囲気とあってないし‥私だけ浮いちゃっているように思ったら何だか‥ね‥』

上手く笑うことが出来なかった。そんな私を見て、リュウジは手拭で手を拭いていた。

『こう見えて、俺も結構緊張していたりして?』

リュウジは私を安心させてくれる為に、そんな事を言ったのだと思った。

『そんな嘘、すぐに見破れるんだから。本当は何度も来た事あるんでしょ?じゃなきゃ、この店を選んだりしないと思う』

『それは‥』

『ありがとう。少し落ち着いてきたからもう心配要らないよ』

今度はちゃんと笑うことが出来た。
そのとき、リュウジが注文したコーヒーがテーブルに置かれた。


『こっちはお前の分』

そう言って私の前に置かれたコーヒー皿には、沢山の砂糖やミルクが添えてあった。

『相当の甘党だもんな、お前は』

『覚えててくれたんだ‥ありがとう』

私は、砂糖とミルクを大量に入れてコーヒーを飲んだ。


『美味しい』

リュウジも微笑んでくれた。
< 43 / 140 >

この作品をシェア

pagetop