忘れられない人
『りゅうじ‥』

私はこの名前を何度も何度も呟いた。久しぶりに聞くと、歌詞が心に染みてきて切なくなってきた。今の私の気持ちを全国のみんなに教えているみたいで‥

目に溜まった光を、頬に流さないようにゆっくり目を閉じた。


目的地に着いたので、車を端に寄せハザードランプを点けた。そして、両手をハンドルの上に置き「プップー」とクラクションを鳴らし、その間に目を乾かした。

しばらく待っていると待ち合わせ相手が「コンコン」と助手席の窓を叩き、車の中に入ってきた。


『おはよう、陽菜』

『おはよう‥龍二。これから一緒に来て欲しい所があるんだけど‥ついて来てくれる?』

『いいよ。今日は陽菜と過ごせる最後の日になるかも知れないし』

『‥そんな事!!』

勢いよく龍二を見た。でも、龍二は何故か前を見て笑っていた。龍二の瞳には‥私は映っていなかった。

『ほら、行くよ?何処に連れて行ってくれるの?』

『あっ‥うん‥』

私は行き先を言わずに車を走らせた。


龍二は静かに外の景色を眺めていたので、とても話し掛ける雰囲気ではなかった。車の中は気まずい空気が流れていた。そんな状況に耐えられなくなり、私は音楽を聴こうと思いボリュウムを上げた。すると、さっきまで聴いていたラジオが流れてきた。

「はっ」と思い、慌ててボリュウムを下げようと手を伸ばすと、私の手の上に龍二の手が覆い被さった。


『聴いた?』

指と指の間に龍二の指が入り込み、左手が全く動かなかった。次第に私の左手の力が抜けていくのが分かった。

『うん‥私の胸に届いたよ。今日が決戦日さん』

『そっか‥』

龍二は私の手を離し再び外を見た。


「やっぱりあのリクエスト葉書を出したのは龍二だったんだね‥」

静まり返った車内の中では、ラジオから聴こえる男の人と女の人の会話が響いていた。

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