忘れられない人
『もう食べられない‥』

行儀が悪いと思ったけど、今の体勢が苦しかったので椅子に浅く座りなおし、背中を背もたれにつけた。

『俺も、もう無理‥』

龍二も同じ体勢でいた。そんな姿を見ていたら思わず吹き出してしまった。


『何笑ってるんだよ?』

龍二は不思議そうに見てきた。私は「ううん」と言って体勢を元に戻した。けど、龍二を見たらまた笑いが込み上げてきた。落ち着こうと思い、残っていた冷めたコーヒーを一口飲んだ。


ふと時計を見ると、あと10分で閉店時間だった。

『そろそろ‥帰ろっか?』

『そうだな』

龍二は、私に車の鍵を渡し「先に車に乗ってろ」と言って会計の方に向かった。
「あっ!財布‥」私は財布を出すタイミングが遅かった。後で少し出そう。そう思いながら車に向かった。


車のエンジンをかけると音楽が流れてきた。

『この曲‥』

私はすぐにCDを入れ替えた。この曲だけは‥。

CDを入れ替えて1曲目が終わりかけたとき、龍二が車の助手席に乗ってきた。そして異変に気がついた。

『あれ?CD変えたの?』

『あっ、うん‥』

『どうして?俺と付き合う前、この曲が好きだって言ってたよな?』

『そうだっけ?』

誤魔化そうと思ったけど、簡単にはいかなかった。何かいい言い訳をしないと‥私は考えた結果

『バラードを聴きたい気分だったから。勝手に変えてごめんね?』

龍二は思ったより簡単に納得してくれた。


嘘ついてごめんなさい‥私は何度も心の中で謝った。


『さて、何処に向かえばいいの?』

私は話題を変えた。


『そうだな~とりあえず車出して』

酔っているせいか、龍二はご機嫌だった。
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