忘れられない人
『お腹の中に赤ちゃんがいないって分かったとき、凄く寂しかった。これで何もかもを失うんだ‥って。リュウジは遠くに行ってしまうんだって。

私に出来ることって何だろう?って考えたとき、笑顔で見送る事しか思いつかなかった。そして‥もうあなたの事を忘れようってそう決めたの。

忘れるために、あなたの為に伸ばし続けた髪の毛をバッサリ切ったわ。そして‥保護していたメールを削除したり、あなたから貰ったプレゼントも全部箱の中に閉まって押し入れの奥に入れた。一生‥目に付かないように‥』


俯いていると、リュウジは当時の自分の行動を思い出したのか小さい声で言った。

『その後、髪を切ったお前を見て‥俺は‥』

そのまま消えてしまいそうな声だった。

今、彼を救えるのは私だけだと思う。でも、手を差し伸べることが出来なかった。私の心の色は今‥灰色だったから。無暗に引き込んでしまったら取り返しの付かない事になりそうで怖かった。過去と現在を彷徨い続けている彼を、隣で待つことしか出来なかった。


時間だけが静かに流れていった。リュウジはいつもの缶コーヒーを飲んでいた。私は‥車のヘッドライトを眺めたり、コンビニに入っていく人を観察したり。なるべく落ち着いた態度でいた。


『あのさ‥』

リュウジは言葉を選びながら、何かを私に伝えようとしていた。でも、言葉が詰まってその先が出てこなかった。そんな様子を見ていた私は‥助け舟を出した。

『あのね‥』

私は自分のバッグから小さい箱を取り出した。
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