忘れられない人
『俺の‥お願い‥?』

『そうだよ!忘れちゃったの?私のお願いを聞くから俺のお願いも聞いてって。簡単だからって言ってたじゃん、昨日!!』

陽菜は俺の体を横に揺らして思い出させようとしていた。でも、俺は忘れていた訳ではない。ただ‥忘れたフリをしていただけ。だって‥

『本当に聞くのか?』

『うん。龍二が約束守ってるのに私が破るわけにはいかないでしょ?』

『そうだけど‥‥本当にいいのか?』

俺はしつこく確認をした。

『イイって言ってるじゃん!!さっきから何なの?私には出来ないことなの?』

陽菜は少し苛立っていた。そんな様子を見て、俺は観念して考えていた「お願い」を言うことにした。


『俺が‥動物好きって事は知ってるよな?』

『うん。でも龍二のお母さんが、愛犬を亡くしたときの悲しみを龍二たちに味わって欲しくないから飼えなかったんだよね?』

『そう。でも‥ペット‥飼ってみたいな~と最近思い始めてさ‥』

そう言いながら、ゆっくりと陽菜のいる方に顔を動かした。

『ま、まさか‥ね?』

陽菜は笑っていた。冗談だと思っているに違いない。でも、額と鼻の頭に光るものが見えた。俺は、何も言わずに黙って返事を待った。

陽菜は返事を出すまでの間に、俺とテーブルの上に置かれているケーキを32回交互に見た。時々「えっと‥」「ん~‥」等と言う言葉を発しながら凄く悩んでいるようだった。その姿があまりにも面白かったので飽きなかった。でも少し辛そうにも見えてきたから、こっちを向いたときに右手を陽菜の頭の上に置いて固定した。


『もういいよ』

そう言いながら、一度微笑んだあと立ち上がった。真新しいソファーに座っていたのに、わざとらしく太ももの辺りに付いた埃を払ったりしながら。

そんな姿を見て、陽菜は俺の方を見ないで言った。

『分かった。私‥龍二のペットになる‥』

緩んでいく頬を必死で止めて、その場に座りなおした。陽菜を見たら嬉しくて笑ってしまいそうだったので、しばらくは窓の外を眺めていた。甘甘な時間を想像しながら‥。
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