忘れられない人
目を瞑っていても感じ取れていた強い光が、徐々に消えていくのが分かった。ゆっくりと右、左の順で目を開けると、そこに映った光景は何の変化もない俺の家のリビングだった。

ドッと肩の荷を下ろしテーブルに目をやると「あるはずの物」がそこにはなかった。


『ケーキが‥ない!?』

すると、俺の太ももの辺りから声が聞こえた。

『えっ?ケーキあるの?』

その声の主は俺の太ももに両手を置き、その反動で起き上がった。

『何で陽菜がここに寝転がってたんだ?』


もう何が何だかさっぱり分からない。俺は夢でも見ていたのか?それにしては、怖いくらいに五感をはっきり覚えている。

陽菜との会話
甘いケーキの味
陽菜の舌触り‥‥

これらの事が全部嘘だったなんて信じられない。


そんな俺の様子に首をかしげながら、陽菜は冷蔵庫からケーキを取り出しテーブルの上に置いた。

『ねっ?ケーキ‥食べてもいい?』

『あっ、あ~‥』

陽菜は美味しそうにケーキを頬張って食べていた。俺は、冷め切ってしまたコーヒーカップを手に取り円を描くようにグルグル回した。何度か回し、止ったときに陽菜に俺の知らない今までの出来事を聞いた。


『なぁ~陽菜‥本当にケーキがあること‥今知ったのか?』

『うん、そうだけど?食べる?』

俺は首を横に振った。今は、ケーキを食べ過ぎてお腹なんて全然空いていなかった。こんなに食べた感覚が残っているのに‥今まで起きていたことは夢なのか、信じがたい部分があった。

『あ、あのさ‥』

『龍二さっきから変だよ?どうしたの。何が聞きたいの?』

陽菜は少しずつ苛立ってきているようだ。俺は遠まわしに聞くのではなく、この際はっきり聞こうと決意した。

『陽菜さ、俺のペットになるって言ってくれた後から今まで‥俺らって何してた?』

『何それ?覚えてないの?』

『ごめん‥緊張してて何も‥』

俯いて申し訳なさそうに言うと、陽菜は食べるのを止めて俺の太ももを枕代わりにして寝転がってきた。
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