忘れられない人
『「龍二のペットになる‥」って私が言ったのは覚えてるんだよね?』

『うん‥』

『じゃあ、その後の話をするね‥‥』

窓から冷たい風が入ってきた。陽菜と触れている部分から伝わる熱と冷たい風が丁度よくて気持ちよかった。俺は、窓を閉めることなくそのままの状態で話を聞いていた。


陽菜が言うには、俺は窓の外をボーっと見つめていたらしい。そして突然、笑顔で自分の両足を叩いて、そこに頭を乗せるように指示したとか。

俺がそんな強気な行動に出たとは到底思えないが、話がややこしくなると思ったので話に割り込まずに静かに頷いた。

陽菜は、恐る恐る指示通りに俺の脚の上に頭を置いたらしい。そしたら、ネコを可愛がるときのように陽菜の髪の毛を触っていたとか。


『ふ~ん。それで、その間俺らは会話してたの?』

陽菜は「ううん」と言いながら、体を回転させて正面を向いた。俺は無意識のうちに陽菜の頭に手を置き、髪の毛を触っていた。

『会話がなくても‥その沈黙は程よく落ち着けてね。凄く幸せな時間だったよ。時間、計ってないから正確な時間は分からないけど‥たぶん15分とか、そのくらいだったと思う』

そう言い終わったとき、陽菜の左手が俺の右の頬に触れた。一瞬ドキッとして下を向くと陽菜と目が合った。緊張が頂点に達していたので目を逸らしたかったが、吸い込まれるように俺も陽菜の目を見つめた。

少し汗ばんでいる手で陽菜の頬に触れようとしたとき

『それでね!!』

と、再び話が始まった。俺は伸ばしていた手を元の位置に戻し、目をケーキの方に向けた。


『今みたいに、龍二の動く手が止まったかと思ったら「ケーキが‥ない!?」って驚きながらテーブルを見つめていたって訳。
どう?思い出せた?』

『おう。何となくだけど』

「何となく~!?」と不満そうな顔で俺を見てきた。でも、本当は全然思い出せない。俺の知っている時間は二人でケーキを食べていた時の事であって、こんな密着していたわけじゃない。
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