生きる理由は何ですか?
もし僕が死んだら誰が悲しむのだろう。
誰も居ないのではないだろうか。
家族は収入がないことで困るだけ。僕の心配はしないに違いない。

段々と泣きたくなり顔を上げて涙を堪えた。
今は何がなんでも泣きたくはなかった。負けた気がして。
だがそんな思いとは裏腹に涙は溢れ頬を伝う。
手の甲で拭い首を幾度か振ると不意に肩をぽんと叩かれた。
涙を隠すように押さえながら振り返ると先程の会議室で二つ隣に座っていた男性だった。

「大丈夫ですか?」

見た目通りの優しく柔らかい声に少しだけだが気持ちが落ち着くも恥ずかしさが込み上げ顔を伏せる。

「私は長沢と言います。長沢護」

いきなりの自己紹介に顔を上げると長沢さんは穏やかに笑っていた。
話を聞いていた時の彼とはまるで別人のように落ち着いていて、僕も自然と名を名乗る。

「僕は伊藤圭一です。えっと、宜しく…」

名乗りはしたが言葉が続かずにお互い黙ってしまった。

「あの、良かったらお茶でもしませんか?時間、余ってしまったので。」

長沢さんはすぐ傍にある喫茶店を示して首を微かに傾け伺って来る。
断る理由もなく頷くと長沢さんと共に歩き喫茶店へと向かった。

扉を押すとカランカラン、と音が鳴りカウンターに居た細身の男性が席へと案内してくれる。
向かい合って座りメニューを受け取りもせず「コーヒー、ホットで」と告げたので僕も同じのを、とだけ言うと店員は一礼して注文を通しに行った。
その背中を見送りながら暫くはお互いにただ黙っていた。
初めて会ったに近い為に僕は何を言えば良いかが全く分からない。
少しして届いたコーヒーを口に含むと意識してなかった緊張が僕を襲い落ち着かなくなり視線が彷徨う。
手に力が入り一度深く呼吸をしたその時、ようやく長沢さんが口を開いた。
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