初恋
おばあちゃんは「ごめんごめん」と呟いて、眼鏡をコトンと置いた。
「おばあちゃんも昔、真緒と同じようなこと思ったなぁって」
「え、おばあちゃんも?」
「おばあちゃんにだって、真緒くらいの年の時もあったのよ?」
ふふんと笑い、ちゃぶ台の上で手を組んだ。
「真緒は、いくつになったんだっけ?」
「17」
「その頃だったねぇ…おばあちゃんの、初恋も」
おばあちゃんの目が、懐かしそうに遠くを見つめる。
…ふいに庭で、蝉が鳴き出したのがわかった。
……………
ジーワジーワと夏の鳴き声が響く。
畦道を走りながら、畑にいた愛ちゃんのおばちゃんに挨拶した。
手拭いでおでこを拭きながら笑顔を向けるおばちゃんの横を駆け抜ける。
あたしのおでこにも、じんわりと汗が広がった。
「ただいまっ」
ガラッと玄関を開ける。
その勢いで鞄を投げ捨てて、くるりと踵を返した。
「行ってきますっ!」
再び飛び出すあたしの背に、母さんが「帰りにお豆腐買ってきて!」と呼び掛ける。
同じ勢いで畑の横を駆け抜けるあたしを、愛ちゃんのおばちゃんが不思議そうに眺めていた。