あたしと彼と白いキャンバス
あたしは先輩の目を見ていた。

形のいい漆黒の瞳を。


蛇に睨まれた蛙ってきっとこんな気分だ。

相手がなんだか恐ろしくて、逃げたいのに目を逸らせない。




チャイムの音が響いて、やっと金縛りが解ける。

あたしは先輩の顔から目を背け、俯いた。


「は…なしてください」


先輩の手は素直にあたしから離れた。


「あー、遅刻になっちゃったな。ごめん」


形だけの謝罪の言葉が降ってくる。

なにも答えず、あたしは走り出した。

教室まで全速力。



先輩の顔を見たくなくて。

あたしの顔を見られたくなくて。
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