短いの【ショート集】
久し振りに電車に乗ったのが不味かった。普段はすごく車な俺なのに。
今日に限って何故電車を?と問うても問答の単純さが苛々させる。給料前の金欠が燃料と高速料金の支払いを許さなかった。
そして今、俺の座席の目前に座るのは学生時代の同級生である。名前は……覚えていない。何せ話した事もないのだ。
かと言って全く知らない人間でないのが厄介で、互いに顔だけは知っている。そんな間柄が一番気まずさを生むもので、僅か三駅の間に二度目が合っている。相手も意識してるに違いない。
確か体育は二クラス合同で行い、同じチームで野球をした記憶がある。恐らく相手も覚えているはずだ。
そうこうしながら無意識に眼球は彼を捉え三度目の視線の合致。
─しまった!先に目を反らしてしまった。
想い人を目で追い、目が合うと反らしてしまう乙女の行為。こうなると気まずさは程良くピークを向かえる。
その時、斜向かいの老人が杖をカタンと倒した。瞬時に視線は杖を捉え、そこから何故か眼球は勝手に彼へと向きを変える。
同時に杖を見ていた彼も俺の視線に気付き、こちらをチラリと流し見た後すぐに視線を杖へと戻す。
─勝った。
こんな時は先に目を反らした方が意識している雰囲気になるものだ。
奴は今頃敗北感を胸に宿したはずである。
そして視線合戦の火蓋は切って落とされた。ふとした瞬間、何気なく、しかし確実に相手に運ばれる視線。
例えるならパンティチラリな女性を見つけた際、自然と眼球が吸い寄せられるのに似ている。あれは一体なんなのか。
さほど可愛くなくとも、眼球は意志を持った生物の様に勝手に標的を捕らえるのだ。