短いの【ショート集】
その日も男は忙しく勤務していた。
男の心の隙間を埋めるのはもはや妻でなく、会った事のない我子の写真を見る回数は減っていた。
男は疲れていた。
女は妊娠が発覚した時、素直に喜べずにいた。転勤が決まった時、心なしか安心した。それは女が男を愛していたからだ。
女も疲れていた。
敢えて男のマンションでなく、駅付近のカフェで待合わせ、女は緑色の紙を男に手渡した。
「愛情は距離で分解されるんだな」
男は驚きも反対もしなかったが、我子だけは愛おしそうに眺めていた。
「初めて会うのにごめんな」そう言って頭を撫でた時、赤ん坊はクスクス笑った。
妻子を側に揺らぐ思いは隠しきれず、「もう一度……」と言いかけ、女が制した。
「ごめんなさい。あなたの子じゃないのよ」
男はそれを聞いて少し驚き、また溜め息を落とした。
女もまた涙を流し、これからもう一度三時間かけて戻るのだ。三時間では女の涙は乾かない。
何故か男女は愛し合い、互いに過ちを犯す。その原因は得てして距離や時間ではない。