コーヒー溺路線
逸る気持ちを抑えてエレベーターで最上階まで上がる。この社の社長室に来るのはアメリカから帰国して以来である。
「失礼します」
家族に対しても相応な礼儀を、これは藤山の家にあるしきたりのようなものだ。
松太郎にしてみればここは会社で自分は社員なのだから、いくら社長が父親であるとは言えけじめをつけるのは松太郎の意地であった。
秀樹らしき声で返事がした。
ゆっくりと足を進める。
「藤山社長……」
「ああ松太郎。今は勤務外だ、あまり堅苦しくしなくても良い」
にやりと不適な笑みでこちらを向いた秀樹の背後には、小太りな男と黄色いワンピースを着た女が立っていた。
「父さん、これは」
「ああ」
松太郎の不審な顔に今更気が付いたように秀樹がその二人に目を向ける。
「我が社で最も重要な部署とも言える開発部のAプランを支援して下さる、有木株式会社の有木社長とその娘さんだ」
「ああ、そうですか、初めまして。藤山松太郎です」
軽い挨拶を済ませると、秀樹は淡々と言ったのだ。
「こちらのミカコさんはお前の婚約者となり、しかし都合上はあくまでも見合い結婚としたい。お前は賢いから解るだろう?」