コーヒー溺路線
松太郎は頭を何かで殴られたような感覚に陥った。今自分は真直ぐに立っていられるだろうか。
「急に結婚まで話が進んだので驚いたけど、まさか私の旦那様になる方がこんなに素敵な方だなんて。ねえ父様」
「全くだ、ミカコ」
「松太郎さん、よろしくお願いします」
政略結婚以外の何ものでもない。
松太郎は曖昧にそれを流して、社長室を出た。秀樹の呼ぶ声がしたが、振り向きはしなかった。
「くそっ」
松太郎も自分が社長の子息である以上は、いつかはこうなると思っていた。
しかし、まずい。ここで結婚する訳にはいかない。
彩子のことはどうすれば良いのだ。松太郎はエレベーターに乗り込み、溜め息を吐いた。
「彩子」
ぽつりと呟くと松太郎はおもむろに携帯電話を取り出した。
「……ああごめんよ、寝ていたかな」
もちろん相手は彩子である。
「どうしたんです、松太郎さん。まだ帰っていないんですか?」
「うん、少し、ね」
腑に落ちない様子で彩子はそう、と頷いた。
「彩子、会いたいんだ」
エレベーターを降り、松太郎は走り出した。