コーヒー溺路線
 

「俺はね、藤山松太郎だ」
 

 
「……」
 


 
松太郎の突然の自己紹介に彩子は戸惑いを隠せずにいた。松太郎の名前が何と関係しているというのだ。彩子は黙っている。
 


 
「それでは彩子、俺達の勤務する社の社長の名は?」
 

 
「社長……?」
 


 
空ろな表情で彩子は宙に目をやる。
記憶の糸を手繰り寄せて今に社長の名を思い出そうとしている。
 


 
「社長の名前、え?藤山、秀樹」
 


 
彩子の目が見開かれた。
松太郎は少しだけ困ったように微笑み、一度だけ深く頷いた。
 


 
「一体どういう意味ですか」
 

 
「藤山秀樹は俺の父親だ」
 


 
彩子は目をキョロキョロとさせて、そうですかと一言呟いた。
 


 
「それで大切なのはここからなんだけど」
 

 
「……」
 


 
俯きかけた彩子が顔を上げてその目はばちりと松太郎を捕らえた。
今言うしかない、そう思い松太郎は拳を握り締めた。
 


 
「帰る途中に父親から呼び出されて、社に戻ってみると見合いの話を進められたんだ」
 


 
彩子は黙っている。
 


 
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