コーヒー溺路線
「それはもうきっと婚約を前提とした都合上の見合いなんだ」
「婚約……」
彩子がようやくぽつりと呟く。
ユラユラと揺れる彩子の眼からその表情は汲み取ることができない。
松太郎も悔しい気持ちで話した。
「だけど彩子、俺は絶対に政略結婚なんてしない、きっとこの話を白紙に戻してみせる」
「でも松太郎さんは後継ぎなんでしょう、きっと無理だわ」
ここでようやく彩子の眼に哀しみの光が刺しているようだと松太郎も解した。
「だから待っていて欲しい、直ぐに終わらせるから」
「……」
彩子は目を伏せた。突然の話にもちろん頭がついていかない。
松太郎と離れた方が良いのか、悪いことばかりを考えてしまう。
「急に何もかも話してしまって済まない。驚いただろう」
松太郎が申し訳なさそうに言う。
「少し気持ちの整理がしたいです」
「ああ、もちろんだ。だけど俺は君を手放しはしない」
「松太郎さん」
ゆっくりと松太郎が彩子を抱き寄せた。
彩子の首元に鼻を埋めて松太郎はゆっくりと息を吸う。彩子のいつものコーヒーの匂いだ。
彩子は黙ったまま松太郎に体を預けており、松太郎の肩に頬を擦り寄せた。