コーヒー溺路線
その日結局松太郎は彩子の部屋に泊まり、寄り添って眠った。
翌朝むくりと起き上がった彩子の下にはまだ眠っている松太郎がいた。
「今何時、あ」
目が時計を捕らえた瞬間彩子の体は強い力に引き寄せられる。松太郎が彩子の腰に手を回している。
「彩子、おはよう」
「松太郎さん、おはようございます。七時ですよ。そろそろ用意をしなくちゃ」
「ああ」
遅刻はせずに済みそうだと思うと彩子はするりと松太郎の腕の中から抜け、コーヒーをいれようと湯を沸かし始めた。
「松太郎さんも飲むでしょう?」
「もちろん頂くよ」
彩子の後ろ姿を松太郎は見つめていた。
彩子をこの先の人生全て、自分のものにできたならどれほど良いだろう。
松太郎は目を細めた。
壊してしまいたい。
何もかも捨ててしまいたい、この逃げられない社長の子息であるという事実から、現実から彩子だけを奪って逃げてしまいたい。
「彩子」
「もうすぐコーヒーが入りますよ。どうかしましたか?」
ダイニングキッチンへいる彩子の背後に松太郎はぼんやりとした表情で立った。
彩子はいつもと変わらない穏やかな声で言った。
「彩子は俺のものだ」
するりと松太郎の腕が彩子の腹部に巻き付いた。ぎゅうと抱き寄せられた。
そのまま当分は彩子を抱きすくめ、松太郎は彩子のうなじに鼻を埋める。
コーヒーがマグカップへ注がれた。
マグカップでコーヒーを飲むのは彩子のこだわりである。