コーヒー溺路線
彩子の人事異動が決定したとき、俊平程愕然とした者はいなかった。
同じ部署であれば話すことはできなくとも彩子のコーヒーが飲むことができたのに。
彩子のコーヒーは内気な俊平の一つの繋がりだった。
「俊平、富田の恋人が誰だか解ったぞ」
そう言って休憩中の俊平に話し掛けてきたのは先輩の和人だった。
彩子がいなくなってからインスタントの物に戻ってしまった薄いコーヒーを和人がカップに注ぐ。
その様子を俊平はただ見ていた。
「解ったって……」
「富田と同じ日に企画発足部に異動してきた藤山松太郎だ。その前日にアメリカから帰国してきたらしい」
「……」
「歳は二十七だそうだ」
「どうしてそんな情報を」
「お前も気になるだろう。それから俺は藤山松太郎は林よりもイイ男と見た」
彩子が好きになる男ならばそれはもうイイ男に違いないだろうと俊平は思った。
和人は先程から面白そうに松太郎の情報を言い連ねている。
俊平は松太郎のことを知ったからと言って、どうにかしようとは思わなかった。
「それでその藤山が今度見合いをするらしいんだよ」
「見合いを?」
「社内では結構噂になっているぜ。どうもその見合いの相手が取り引き先の娘だとかで断ることができないみたいだ」
フツフツと俊平の心底からごく僅かな怒りが沸き起こる。
彩子の恋人なのに見合いをするのか、奪ってしまいたい。自分のものにしたい。