コーヒー溺路線
そう言った彩子は自分の鞄から大きめの瓶を取り出した。松太郎は驚いた。
これはきっと彼女がひいた豆だと直感的に思ったからだ。後はただ、彩子がその瓶と一つのマグカップを持って給湯室に向かう様子を見ているしかなかった。
「驚いたなあ」
無意識に独り言が口から零れた。松太郎は目の前にあるコンピュータを立ち上げて溜め息を吐く。
「お待たせしました」
松太郎が気付いた時にはもう目の前に湯気の立つコーヒーがあり、コンピュータは立ち上がっていた。ありがとうと言うと松太郎はゆっくりとコーヒーカップに口をつけた。
「旨い!」
松太郎は思わず言ってしまった。
そこら辺の店で出される一杯四、五百円のコーヒーなんかよりもずっと旨いのだ。
そんなコーヒーをいれた本人、彩子は隣りからそんな風に驚いた松太郎を見て嬉しそうにしていた。
「自分で豆をひいているのか」
「そうです、コーヒーが好きなので」
「君のコーヒーだけがマグカップなこともか?」
「ええ、こだわりです」
「いや、驚いたよ。君何歳だい?」
「今日で二十四になりますよ」
コーヒーカップを音も立てずに置いて、松太郎は彩子を物珍しげに見た。
「今日、七月七日は七夕か。そう、君は七夕が誕生日なのか」
「そうです」