コーヒー溺路線
「富田さんっ」
急に名を呼ばれて彩子が振り向けば、そこには弁当を持った梓が立っていた。
いつもと変わらない満面の笑みで梓は言った。
「一緒に休憩しない?今更だけど、話しましょうよ」
彩子はなんだか嬉しくなり、もちろんですと大きな声で頷いた。
「彩子ちゃん、って呼んでも良いかしら」
「はい、おまかせします」
「ふふふ。彩子ちゃんは二十四歳だからあたしの一つ年下だわ」
「やっぱり先輩でしたか」
今までに彩子と梓とが二人で話すことがなかった為に、お互いが知らないことが沢山ある。
梓は調子者で思うがままに行動する為反感を買うことも多々あるが、それでも憎めない性格の持ち主である。
彩子の表情が少しだけ明るくなった。
「ねえ、彩子ちゃんは藤山さんと付き合ってるんじゃあないの?」
彩子は驚いて目を見開いた。驚いてと言うよりは、酷く狼狽したと言う方が似つかわしい。
ただならぬ雰囲気で顔色ががらりと変わった彩子に梓はどきりとし、慌てて謝った。
「ごめんなさいっ。こんな不躾なことを聞いてごめんなさい。私が聞くべきことではないかもしれない。だけど、どう見ても不自然なのよ。貴女と藤山さん」
「……。何もありませんよ、私と彼はそんな間柄でもないですし」
彩子が苦笑を漏らした。その様子を梓はただ黙って眺めていた。
彩子の嘘は梓に通じなかったのだ。
「本当に、藤山さんと付き合っていないの?」
「付き合ってなんかいません」
「そう……」
梓は哀しそうに頷いた。
休憩室には彩子と梓しかいない。
二人の弁当は包みから出されたままで、結局梓から箸を取り黙々と食べ始めた。