コーヒー溺路線
彩子が俊平をコーヒーショップへ連れて行くことはなかった。やはりマスターに俊平を紹介することを躊躇してしまう。
できることならばマスターには紹介したくないのだ。
「何か用事があるんですか?」
「用事というか寄りたい店があるので」
「それじゃあ僕もついて行きます。寄り道をしたら帰る時間が遅くなって危ないですからね」
「大丈夫です。知人の店なので」
「知人……。男ですか?」
「……」
こうして俊平はいろいろと聞いてくる。彩子のことは自分が全て把握しておきたいという束縛心からだ。
彩子は参っていた。
どうにか俊平を宥めてから彩子はコーヒーショップへと向かった。しかし俊平は彩子を見つめていた。
彩子を尾行して彩子の行き付けのコーヒーショップの場所を覚えようとしたのだ。彩子は気が付かないままコーヒーショップに入った。
それを見届けると、俊平はタクシーを呼び付けて帰っていった。
一方彩子は、マスターと世間話をしながらマグカップでコーヒーを飲んでいた。
マスターはあの日以来、松太郎のことを聞くこともしないで彩子にいつものコーヒーをいれるだけであった。
時折見せる笑顔だっていつものままだ。
「彩子ちゃん。疲れた顔をしているな」
「やっぱり解りますか?」
彩子は苦笑した。
やはりマスターが相手では隠し切れないこともあるのだと彩子は再確認した。
何も言わずに苦笑する彩子に向かって、マスターは首を傾げた。