コーヒー溺路線
俊平は電話をかけるだけだというのにとても勇気が要るように感じた。
もしかしたら電話に出てくれさえもしないかもしれないのに、という心情からだ。
ゆっくりとした動きで携帯電話を操作し、相手先の電話番号を呼び出した。
数えるくらいしか電話をかけたことがない相手なので、とても緊張している。
耳に携帯電話をあてて、暫く待った。
「はい」
相手が小さな声で出た。俊平が電話をかけた相手はもちろん彩子だった。
「あの、彩子さん、昨日はあんなことを言ってすみませんでした」
「……」
「もう、しつこく付き纏ったりしませんから。本当にごめんなさい」
彩子は驚いていた。
着信の相手を確認した時もそうだが、出まいと思えば出なくとも済んだ。
しかし彩子は電話に出た。
「それだけを言いたかったんです」
「……。須川さんの気持ち、よく解りましたから。応えることはできないけど、ありがとうございました」
「こちらこそ、話して下さってありがとうございました」
彩子がこの場にいるわけではないのに俊平は深く頭を下げた。
泣きそうになったが、電話を切るまでは泣くまいという決心と彩子への想いとで唇を噛んだ。
電話での謝罪の無礼を許して欲しいという気持ちを伝えられはしなかったが、電話を終えた俊平は清々しい気持ちで目尻に溜まった涙を拭った。
今日の晩ご飯は何にしよう。