コーヒー溺路線
こだわりはマグ
彩子は今日もいつものように勤務を終えた職場から直接コーヒーショップに向かった。
「マスター、今晩は」
「やあ彩子ちゃん」
俊平から謝罪の電話がかかってきたあの日から早一か月が経とうとしていた。
あの日彩子は定時の午後六時になった途端に部署を飛び出して、マスターに会う為にコーヒーショップへ来た。
俊平が謝罪の電話をかけてきたということを伝えると、マスターは柔らかく微笑んでそれは良かったと言った。
「日中はやっぱりまだ暑いけど、もう朝晩は寒いくらいだね。秋一色だ」
「本当。あんなに夜中が寝苦しかったことが嘘のようです」
九月の半ばに入ってから急激に冷めたい風が吹くようになった。
直に日中も気温が下がり、コートやマフラーが必須になることだろう。
マスターはいつものように彩子専用のマグカップを取り出し、最近入荷したばかりのコーヒーをいれた。
「そろそろコーヒーの更に美味しくなる時期が来ますね」
彩子は嬉しそうに言った。
マスターは湯を沸かしながらこくりと頷いた。
「そうだね。今年もこれからの時期は客足も少しだけ増えるかな」
「マスター、忙しくなりますね」
マスターも嬉しそうに微笑んで頷いた。
秋から冬にかけてのこの寒い時期には例年客足が増えるのだ。
外回りで冷えきった体をここのコーヒーで十分に暖めてから帰宅するサラリーマンが多いことだろう。