コーヒー溺路線
母親の愛里と話がしたくて、松太郎は久し振りに実家へ立ち寄ってみた。
父親の秀樹とはあれから思いの外上手くやっている。松太郎はいちいち秀樹の嫌味に腹を立てていたことが不思議な程だ。
「ただいま」
渡米するまではこの実家で暮らしていたのだから、松太郎は勝手に玄関の引き戸を開けて中へ入った。
無駄に広いこの家も、味があるし温かい雰囲気もあるので松太郎はとても好きだ。
松太郎がリビングに顔を出すと、いつもと変わらない微笑みで松太郎を迎える愛里の姿が目に入った。
愛里はソファに浅く腰を掛けていつも通りに背筋をピンと伸ばしている。
綺麗な母親は子供の頃からの自慢だった。
いつか自分もこんな風に素敵な女性と結婚をしよう。
「松太郎さん」
愛里の視線と突然の自分を呼ぶ声で、愛里の側に高野あさひがいるのが松太郎にも判った。
不安からなのか怒りからなのかは解らないが、あさひの眼がゆらゆらと揺れている。
松太郎はこれはまずいと瞬時に察し、ネクタイを緩めながらソファに腰を掛けた。
「あさひちゃん、ごめんよ。メールが全く返せなくて。このところは少し忙しかったんだ」
「そうですか……すみません」
あさひの声から落胆の色が見えた。
気まずい想いで松太郎もあさひも俯いている。愛里は毅然とした態度でその雰囲気を察していた。
「あさひちゃん、松太郎にお茶を持ってきてやってくれるかしら」