コーヒー溺路線
そうだ、と松太郎は思った。
大切な母親である愛里には言っておこうと思った。
「あのね、母さん」
「どうしたの」
「……」
松太郎は隠してきた悪戯を母親に告白する少年のような気持ちになった。
愛里は柔らかな表情を見せたまま松太郎の告白を待っている。
「母さん」
「なあに」
「大切な人が、いるんだ」
松太郎の告白に愛里はキョトンとした顔をしている。まるで最初から解っていたかのように。
松太郎は俯いていた顔を上げてちらりと愛里を見た。
「大切な人?」
「うん。きちんと籍を入れて、結婚式を挙げて、ずっと一緒に暮らしてゆきたい」
松太郎が真摯な眼で訴える。愛里は真面目な表情になっていた。松太郎の真摯な眼に対する配慮だ。
「それは、今は俺の見合いや婚約のこともあって難しいことなんだ。だけどきっと、いや絶対に、大切にする」
「……そう」
一言だけ呟いた愛里の顔はいつもの柔らかな笑みに戻っていた。
松太郎はほっとすると久し振りに笑顔を取り戻したように微笑んだ。